Pohwa流ビフォーアフター

序文

HGW宅の荒廃と掃除、これは今始まったことではなく、我々がHGWと付き合い始めてから現在に至るまで、脈々と受け継がれてきた闘争の歴史である。
美園時代

これが当時の間取り
今から6年ぐらい前、HGWが札幌の美園に居を構えていた頃、我々Pohwaの面子は殆ど全員が貧乏学生だった。我々はHGW宅を根城とし、日々ゲームに興じていた。

その住居の間取りは8.5畳のキッチン込みの居間と、4.5畳の寝室、風呂トイレは別というものだった。

そこに、初めて遊びに行ったときの荒廃振りは筆舌尽くしがたいもので、床がゴミなのかなんなのか、わけのわからない物体によって埋め尽くされ、辛うじて獣道のようなものがある状態であり、台所に至っては、すえきったクリーチャーによって占領されている、といった様相を呈していた。

この状態になるまでに、2年の歳月が必要だった。
美園時代の粛清

最初のうちは、我々が遊びに行くと、各人自分が座るスペースのものを横にどかし、場所を確保するだけに止まっていた。もしくはそれすらせず、物の上に座っていた。誰も片付けようとはしなかったのである。

しかし、突然転機が訪れた。時は夏休み、HGWの友人二人が遊びにくるとのことで、急いでこの部屋を片付けねばならなくなったのだ。

我々はその報を聞き、急いで作業に取り掛かった。

そこでは、積み重なった書類、日付の激しく古い雑誌、何故ここに存在するのか理解に苦しむアイテム、投げ出された衣服、原型を留めていない食料、そしてそれが入ったままの食器、などの幾多もの困難に立ち向かった。

敵は余りにも強大だったので、この作業を終えるのに男4人掛かりで丸二日の日数を要した。この作業は、"片付け"というよりも"発掘"と言った方が正確だったかもしれない。

この事件以降、荒れている部屋を見ると率先して片付けをし、手の空いている人に片付けを強要するので、sLyは「しんごママ」という名称を与えられた。

しかしこれ以降も部屋の荒れは一向に収まらず、夏以降は魑魅魍魎が跋扈する部屋へと戻っていった。
手稲時代
記念写真

美園から数年が過ぎ、HGWが就職することとなり、HGWは手稲にある会社の寮に移り住んだ。そこは6畳一間という間取りで、バス、トイレは共同だった。

当時の部屋の様子は右の写真で確認して頂きたい。荒れ具合の片鱗が窺えると思う。

ここでは、sLyは2度ほど片付けをし、HGWの当時の彼女も、何度も片付けをしたようだった。

しかし、部屋自体が余り広くなかったので、生活に必要な物を置くスペースが足りなかった。その上、家主のHGWがアウトドアにこっていた時期と重なった為、色々な用具の置き場所がなく、積み重ねるしかないので、片付ける以前の問題だったのかもしれない。

この場所で片付けを行っている時に、一番衝撃を受けたのは、室内なのに床一面に散らばっていた砂の存在だった。
手稲再び

寮生活から2年ほど経ち、その寮が取り壊されるとのことで、兼ねてから引っ越したいと思っていたHGWはこれを機に引越しをした。

Clan Pohwaのレポートでも以下のような記録があり、この引越しはつい最近のことである。

2002年8月15日/16日

今回の盆offは、HGWの引越しに合わせて行われました。

引越しのお話はヤマトの兄ちゃんが3人掛けのソファーを持ち、他人の裏庭で思いっきりコケて非常に愉快だったり、HGWママ最強伝説などありますが、別の機会に譲ることにします。


この引越しそのものは、家主の希望に添った良い物件であり、前の場所からの移動距離も短く、荷物も少なかったので比較的短時間で終了した。
新居の恐怖

引越しは順調だった。以前と違い部屋も広く、沢山のものが収納でき、これから快適な生活が始まることを予感させた。

だがそういった甘い考えは一瞬で粉砕された。このスレッドでも確認できるように、居間を見てみると、広い分だけ床に物が置けてしまうのだ。これにより、荒れ具合が以前よりも家主HGWの自制心に問われる形になってしまったのだ。

そして以前の狭さからの反動のせいか、傍目からは、物が増える度合いが以前よりもはるかに加速しているようにも見えた。
そして今、闘争の歴史に新たな一ページが加わる

2003年4月末、sLyとYOUがHGW宅に短期間滞在することになった。
ビフォーアフター!

何故地面に電話があるのか
整理整頓
台所もビフォーアフター!

無秩序という秩序が支配する台所
食料を安全に加工できる場が出現
居間もビフォーアフター!

目下最大の敵
床が見えた!
色々なところもビフォーアフター!

おしゃれなTVスタンド
ついでに2階もビフォーアフター!

見よ!この広さを!
結文

我々も分かっているのだ。また、数ヶ月経てば元の状態に戻ってしまい、この闘争に終わりがないということを。

だが、諦めない。
Written by sLy



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