サンスクリット ライブレポート

下町情緒溢れる平井にて開催。
 

 

サンスクリットとは

もとはステキーズとして結成されたバンドで、NYアングラとグランジ、果てはカントリーの要素をもつサウンドを目指していたようだが、メンバーの怠惰さ、音楽性の不一致、というかむしろ音楽性って何? といった盲目な方向に疾走し続けた結果、サンスクリットというバンドになったらしい。
変遷については後述する。

筆者とサンスクリットのつながりは、バンドメンバーのナガノ氏とネット上での知り合いというだけである。このライブがあるまでは曲を聴いたこともなく、ナガノ氏に会ったことすらなかった。

 

 

キリンジやサニーデイの歌詞に出てきそうな下町
下町っぷり全開な平井。

 

ライブハウスあるとべんり

今回のライブが行われる場所を説明させて頂きたい。江戸川区のJR平井駅から徒歩5分、Live in あるとべんりだ。

線路沿いに住宅が立ち並び、工務店の軒先でおじさんがカンナで柱を削っていたぐらいの生活感が溢れる通りに、佐々木さんの家がある。ここが会場となる。

本当に「あるとべんり」なのかはさておく。

 

佐々木さんの家 = あるとべんり
良く見るとその並びに突然ある「あるとべんり」


 

メンバー紹介

ナガノ :ギター
カツハタ"プロフェッサー"ユタカ :ベースとか。
窪田健治 :ギター、ドラム
シュンディ・ウォーホル :アート、ヴォーカル

ステキーズのサイトでは以上のようになっているが、その場で聞いてみると、

ナガノ :Drums
パパ・カツハタ:Bass
シュンディ:Vocal & Guitar
ケンジ:Vocal
やんに:Guitar

となっていた。同じ人なのに名称が変ったのか、それとも別人なのかはわからない。

パパ・カツハタさんは白衣を着ており、ジョン・レノンのような風貌で、ビートルズで発禁になったジャケット(子供の人体模型をバラバラにする、血まみれの白衣を着た肉屋)を思い出したが、当人にそれ狙っているかは聞けず終いだった。

カツハタさんからNYアングラの色々なバンドを教えてもらい、自分の勉強不足を痛感したところで、Roneさんのステージが始まった。

 


RoneさんはR&B、ゴスペル、ソウル、SM(?)な人のようだ。客層が謎だった

 

サンスクリットの変遷

サンスクリットというバンドの過去を簡単に説明する。尚、以下の文章はステキーズ日記からの引用となっている。リンク先のタイトルが既に"サンスクリット"となっている点が興味深い。

 2002/04/10 ステキーズ結成
 スタジオセッションを繰り返していた我々は、ついにステキーズとして活動を行うことなった。我々の活動は、千葉を中心にしているが、現在我が家でのMtrによる録音のみの活動であるため、日の目を見るどころか、他人の目に触れることすらないのは明らか。

ボーカル登場
 本日の活動は珍しく3人である。いつもの2名に加え、シュンディ・ウォーホルが加わった。

 活動内容は以下のとおり。
・モスバーガー食う
・公園で遊ぶ
・家でゴロゴロする
・シュンディが歌う。 「森口ひろこ〜!森本レオ〜!」
・メシ食う
・録音して「最悪だな」と評価する

2003/06/12 1年ぶりの活動
 我々はついに重い腰を上げ、スタジオ入りを決めた。1年ぶりである。ちなみにこれはステキーズとしての活動ではない。

2003/10/13 ボーカル入り活動
(本文略)

この日付を最後に、バンド活動の内容は、ノグソゲー日記Pt.2に記されることになった。

2004-06-26
サンスクリットの本日の活動。
御茶ノ水へ行きスタジオで演奏&録音。今回はベースの野郎が女の金でタイに行ってる為、ベース無し。クソ野郎が!いろいろ罵倒したいところだが、うらやましいだけだ。

今度ライブやるとかで3曲ほど作ったのだが、はやくも演奏に飽きている。帰りに吉野家で豚丼とビールをむさぼりつつ、音楽の方向性で大論争。オレとリズムギター担当の鈴木くんはリーダーである窪田と対立し、雑音ギター担当のシュンディは民主主義的に我々の味方についた。3対1で窪田の意見に突っ込みまくり。そして彼に宿題を出した。

それは『音楽の方向性を示せ』ということだ。7月17日にライブやるとか言ってた。なんでライブやる日決めてからこんなことを決めるんだ。

盲目的な疾走振りが窺える。